とりとめない文章

気になった作品の感想を保管しています。他のとりとめないことを書いたりもします。

小説 居酒屋

胸ポケットにのど飴を入れたまま、煙草を吸っていた。彼女はそんな時にだけ無駄に、僕の胸のステッィク状の膨らみに気付いて、人差し指で指しつつ、雌猫が玩具にじゃれるような目つきで何、これ?と囁いた。そのまま躊躇いなくそこに手を入れ、釣り上げると、机の上にビタン、と黄色いパッケージのレモン味ののど飴が姿を現した。グラス、ジョッキ、串焼き、鴨肉のポン酢締め、チャンジャ、のど飴。それらは全く似つかわしくない。対面に座る三年振りの友人は、もう社会人になるのに、そんなちぐはぐな人間はお前だけだ、というようなことを言って爆笑する。僕はとにかく、頭の中で酔いとニコチンがぶつかり合う感覚が心地よくて、それに浸っていた。夢中だった。斜向かいからは、やっぱりお前にタバコはまるで似合わない、と声が飛んできたが、愛想笑いで誤魔化した。苛立ちはなかった。いつからか、苛立ちを隠そうとするうちに、気が立つということ自体が日常から消えたように思う。きっと僕は、いや僕だけは、進歩という螺旋階段を、逆走している。気づけば、信念はないし、その見つけ方すら分からなくなった。教えてもらったところで、どうにもなりはしない。心は小さく、衰弱するばかりで、動物みたいに、反応することだけが上達してゆく。意思を伴わず、この言葉にはこの態度、声色、と。すべてがすり減ってゆく感覚は確かにあって、どこかで僕も危惧している。しかし、だからといって、どうにもならない。逆説、譲歩。そんなものが心から発せられたことなど一度すらない。ああ、早く。早く何もなくなってしまいたい。いっそ。揺蕩う煙と氷がぶつかる音。それが僕に帰属意識を呼び起こさせてやまないのだ。
「なーに、ぼぉっとしてんの」彼女が頬を突く。愛おしい。思うに、真の愛おしさとは恋愛の上には表れてこない。だから、僕は彼女を愛おしいと思えることに感謝をする。
「いや、次はいつになるかな、と思って」
また誤魔化した。しかし、別れは惜しい。だがそれも、とどのつまり緩急の問題だ。僕はすぐさまジェットコースターという概念を思い浮かべて、そこに人生という言葉を重ねてみて、何かが晴れたように思った。満足し、少しばかりの安心を得た。